2176 諸悪の根源マンセー日弁連38

匿名希望
市民的及び政治的権利に関する国際規約第40条1(b)に基づく第4回報告 (仮訳)
一般的コメント
憲法を最高法規とする我が国法体系における人権擁護の制度的側面、及び「市民的及び政治的権利に関する国際規約」と国内法規との関係については、第1回、第2回及び第3回報告で述べたとおりであるが、補足的説明は次のとおり。
日本国憲法における「公共の福祉」の概念
憲法第11条は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と規定している。しかし、同時に、第12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と、第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定している。
これは人権保障も絶対的で一切の制約が認められないということではなく、主として、基本的人権相互間の調整を図る内在的な制約理念により一定の制限に服することがある旨を示すものである。例えば、他人の名誉を毀損する言論を犯罪として処罰することは、行為者の言論の自由を制限することにはなるが、この制限は、他人の名誉権を保護するためにはやむを得ないことであり、「公共の福祉」の考え方により説明することができる。
したがって、そもそも他人の人権との衝突の可能性のない人権については、「公共の福祉」による制限の余地はないと考えられている。例えば、思想・良心の自由(憲法第19条)については、それが内心にとどまる限り、その保障は絶対的であり一切の制約は許されないものと解されている。
さらに、人権を規制する法令等が合理的な制約であるとして公共の福祉により正当化されるか否かを判断するにあたって、判例は、営業の自由等の経済的自由を規制する法令については、立法府の裁量を比較的広く認めるのに対し、精神的自由を規制する法令等の解釈については、厳格な基準を用いている。
このように、憲法には、「公共の福祉」の内容を示す明文の規定はないものの、「公共の福祉」の概念は、各権利毎に、その権利に内在する性質を根拠に判例等により具体化されているから、「公共の福祉」の概念の下、国家権力により恣意的に人権が制約されることはあり得ない。
確かに、B規約においては権利を制限できる事由が権利毎に個別的に定められているのに比して、我が憲法においては、条文の文言上は、「公共の福祉」により一般的に人権を制約することができる規定振りとなっている。しかしながら、右は単にその規定振りが異なるに過ぎず、制限の内容は、上記のとおり、「公共の福祉」の概念の具体化が図られることにより、実質的には、B規約による人権の制限事由の内容とほぼ同様なものとなっている。
人権の制約が公共の福祉に基づくものとして許されるかどうかを判断するのに当たっては、各種の利益衡量が要求されるところ、右を判示した判例は、資料1のとおり。
本規約と憲法を含む国内法との関係
憲法第98条第2項の趣旨から、我が国が締結した条約は国内法としての効力を持つ。なお、条約の規定を直接適用し得るか否かについては、当該規定の目的、内容及び文言等を勘案し、具体的場合に応じて判断すべきものとされている。B規約についても以上の考えと同様である。
訴訟において原告側がB規約の条項を引用して争っている場合に、裁判所が国内の法律・規則・処分等の当該条項違反の有無を判示している例は、資料2に掲げるとおりであり、最高裁判所において法律・規則・処分等が規約違反とされたものはない。
されたものはない。
なお、憲法は我が国の最高法規であり、その効力はB規約の国内法的効力に優位するものと解されるが、上記のとおり、憲法による人権保障の範囲はB規約のそれとは、実質的にはほぼ同様なものであるから、両者の抵触の問題は生じないものと考えられる。

我が国の人権保障メカニズムの実態
(a) 人権擁護機関による人権保障
行政府にあって人権擁護を直接の目的としている人権擁護機関の仕組みは、第2回報告別添1.に記したとおりであるが、人権擁護機関による「人権相談」及び「人権侵犯事件の調査・処理」の具体的方法については、以下のとおり
なお、民間のボランティアである人権擁護委員の人数は、1996年1月1日現在、13,735名である。
(i) 人権相談
人権相談は、常設相談所(法務局、地方法務局において常時開設)や特別相談所(デパート等において臨時に開設)で行っている他、人権擁護委員が自宅においても行っている。相談を受けた法務局職員や人権擁護委員は、問題を解決するための適切な手続きを助言したり、人権侵犯事件の調査手続きに切り替えたり、その問題を取り扱う関係官公署を紹介するなど、相談内容に応じた援助を行っている
(ii) 人権侵犯事件の調査・処理
人権侵犯事件の調査・処理にあたっては、まず、人権擁護機関が関係者からの申し出を受けたり、新聞等や官公署からの通報により人権侵害の疑いのある事実を知った時に、侵害事実の有無についての調査を行い、その結果、法令に違反した行為、または、それにとどまらず、広く憲法等の基本原則たる人権尊重の精神に反するような行為が認められた場合に
(a)人権侵害を行ったと認められる者やその者を指導、監督する立場にある者に対して、 刑事訴訟法の規定により告発する文書で人権侵犯の事実を摘示して必要な勧告を行うその問題を取り扱う関係官公署に文書で人権侵犯の事実を通告する反省を促し善処を求めるため、口頭または文書で事理を説示する
(b)被害者に対し、関係官公署へ連絡を取り、法律扶助機関へ斡旋し、法律上の助言をする等の援助を行う
(c)関係者に対し、勧奨、斡旋その他人権侵犯を排除するための適切な措置を採る、 など事案に応じた適切な措置を採る。
この人権侵犯事件の調査・処理は、その過程において、関係者に人権尊重の意識を啓発することにより、人権侵害の状態を自主的に排除させたり、既に人権侵害行為が行われてしまっているような場合には、将来の再発を防止させることによって、被害者の救済を図っている。人権侵犯事件の調査・処理が、受け入れられるか否かについては、最終的には当該人の意思に係ることになるが、同処理措置は、そもそも具体的権利の存否を公権的に確定したり、強制力によって侵害を排除することを目的としているものではなく、関係者に人権意識を啓発することにより、人権侵害を自主的に排除させたり、将来の再発を防止することを目的としているものである。
人権擁護機関は、関係者に対して粘り強く啓発を行い、侵害の排除や再発の防止に役立っており、更に、一般社会に対しても啓発を行い、相応の効果を挙げている。
(iii) 子どもの人権専門委員
人権擁護機関では、従来から、「いじめ」、体罰、不登校児などの子どもの人権問題に積極的に取り組んできたところであるが、1994年度から、子どもをめぐる人権問題により適切に対処するため、人権擁護委員の中から子どもの人権問題を専門的に取り扱う「子どもの人権専門委員(子ども人権オンブズマン)」を指名する制度を設けた。1996年1月1日現在、全国で515名の「子どもの人権専門委員」が指名されており、次代を担う子どもの人権擁護をより一層積極的に推進していくため、子ども及びその保護者等を対象とした講演会、座談会等を開催するなど活発な活動を行っている
(b) 人権教育10年の取り組み
1994年の第49回国連総会において、1995年から10年間を「人権教育のための国連10年」とする旨の決議が採択された。
この「人権教育のための国連10年」に係る対策について、関係省庁が緊密に連携・協力し、政府一体となった取組を推進するため、1995年12月、閣議決定により「人権教育のための国連10年推進本部」を設置し、その後、関係省庁間で我が国としての取組について検討を行ってきた。1996年3月18日には、同推進本部の第1回会合を開催し、「人権教育のための国連10年」に係る取組を積極的に推進していくことを確認した。
当面、人権についての教育・研修・啓発活動の推進などを内容とする国内行動計画を早急に策定し、「人権教育のための国連10年」に係る取組を積極的に推進することとしており、現在、関係省庁間で国内行動計画の内容等について検討中である。
II 規約の各条に関する逐条報告
規約の各条に関する報告については、第1回、第2回及び第3回報告で述べたとおりであるが、その後の変更点及び補足的説明は次のとおり。
第1条
アパルトヘイト政策
我が国は、これまで一貫してアパルトヘイトの撤廃を求めてきたが、南アフリカ共和国では1990年以降アパルトヘイトの完全撤廃に向けた国内改革が進展し、1994年4月に南アフリカの歴史上初めて黒人を含む全人種参加の下で総選挙が実施され、アパルトヘイト政策に終止符が打たれたことを歓迎するものである
南アフリカ共和国の国内改革の進展を踏まえ、我が国は1991年6月に人的交流規制の緩和、同年10月に経済規制措置の緩和を実施。更に1992年1月外交関係を再開し、1994年1月には残存経済規制を撤廃した。
我が国は、南アフリカ共和国が和解の精神と対話により平和的に新体制へ移行した成功例であり、また、その安定と発展はアフリカ全体の発展にとり重要であるとの観点から、責任ある国際社会の一員として同国に対する支援を強化することとし、1994年7月に2年間で総額13億ドル(政府開発援助3億ドル、日本輸出入銀行の融資5億ドル、貿易・海外投資保険のクレジットライン設定5億ドル)の対南ア支援策を発表した。右は現在執行中であるが、今後とも同国の国づくりを積極的に支援していく所存である。
第2条
外国人問題
(a) 在日韓国・朝鮮人
(i) 外国人登録法上の指紋押なつ
 外国人登録法による指紋押なつ制度は、人物の同一人性を確認する上で極めて確実な手段として 「在留外国人の居住関係及び身分関係を明確にする」という外国人登録制度の基本目的のために登録の正確性を維持するとともに登録証明書の不正使用や偽造を防止することとしたものであるが、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」に基づく日本政府と韓国政府との間の協議の決着の際に両国の外務大臣が署名した覚書において、指紋押なつに代わる手段をできるだけ早期に開発し、これによって在日韓国人三世以下の子孫(同協定第2条で規定)はもとより、在日韓国人のー・二世についても指紋押なつを行わないこととする旨が盛り込まれた。
 以上のような経緯を踏まえ、指紋押なつに代わる手段を中心に制度改正について検討を進めてきた結果、日本社会において長年にわたり生活し、日本への定住性を深めた永住者(出入国管理及び難民認定法に規定する「永住者」の在留資格をもって在留する者)及び特別永住者(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に規定する「特別永住者」。いわゆる「在日韓国・朝鮮人」はこれに当たる。)については、鮮明な写真、署名及び一定の家族事項の登録という複合的手段をもって指紋押なつに代え得るとの結論に達したため、これらの外国人については指紋押なつを廃止し、上記手段によりこれに代えることを主な内容とする外国人登録法の一部改正が行われた。同改正法は、1992年6月1日に公布され、1993年1月8日から施行されている。
(ii) 外国人登録証明書の携帯義務
外国人は、日本国民とは異なり、日本国内に在留するためには、日本国政府の許可を必要とし、かつ在留できる期間及び在留活動について制限を受ける立場にある。外国人登録証明書の携帯制度は、そのような日本国民とは基本的に異なる地位にある外国人の身分関係及び居住関係を現場において即時に確認する手段を確保するために設けられているものであり、また、その実効性を担保するために、義務違反に対しては罰則(20万円以下の罰金)が定められている。ただし、同罰則規定により司法警察員から検察官に事件送致された人員は過去3年間(1992年から1994年まで)は、いずれも20人未満で推移しており、外国人の在留状況を考慮した常識的かつ弾力的な運用がなされている。
なお、外国人登録証明書の携帯制度の在り方も含めて、外国人登録制度の抜本的な見直しについて現在日本政府において検討が行われているところである。
(iii) 韓国・朝鮮人学校児童・生徒に対する各種定期乗車券の割引
 JR(旅客鉄道会社グループ、旧国有鉄道)の通学定期制度については、学校教育法の規定に基づく学校種別に従い、大学生に対する基本運賃を定めるとともに、小・中・高校生については、更に割引を行っていたが、教育法上の専修学校・各種学校については、JRが指定した学校の生徒について大学生と同額の運賃が適用されてきた。
 この適用に関し、将来的には、他の民間鉄道と同様の大人と小児の区分だけの通学定期制度に改めることを基本としているが、その時期が明確でないことから、これまでの要望を踏まえ、専修学校・各種学校について暫定的な措置を検討するようJRに対して要請を行った。
これを受け、1994年4月からは、専修学校・各種学校の小・中・高校生に相当するとJRが判断した課程の生徒等について、それぞれ小・中・高校生を対象とした通学定期運賃の割引適用が行われることとなり、その結果、各種学校としてJRが指定した韓国・朝鮮人学校の通学定期制度についても改善がなされたところである。
(iv) 朝鮮人学校児童・生徒に対する暴行事件に対する対応
1994年の春から夏にかけて、我が国において発生した、在日朝鮮人児童・生徒に対する嫌がらせや暴行事件等の事象に関し、法務省の人権擁護機関においては、在日朝鮮人児童・生徒が多数利用する通学路、利用交通機関等において、このような事件の防止を呼びかけるリーフレットの配布やポスターの掲示、外国人に対する差別や嫌がらせをなくすためのスローガンを掲げた街頭啓発活動を積極的に実施するとともに、これらの活動を通じて、在日朝鮮人児童・生徒に対し、嫌がらせ等を受けたときには、法務省の人権擁護機関に相談するよう呼びかけを行った。
法務省の人権擁護機関においては、このような事象の発生を根絶するために、在日外国人の人権尊重の意識を国民の間に根付かせ、差別や偏見をなくすための取組を展開することとしている。
(b) 外国人労働者(不法就労のケースを含む)
(i) 外国人労働者の受入れ
外国人労働者の受入れ問題については、第3回報告記載の政府の基本方針たる「第6次雇用対策基本計画」に従い、1989年に出入国管理及び難民認定法を改正して、専門的な技術、技能、知識等をもって我が国で就労しようとしている外国人については幅広く受け入れることができるように在留資格の整備を図った
また、その後の政府の基本方針として、1995年12月に閣議決定された「第8次雇用対策基本計画」においても示されているとおり、「我が国の経済社会の活性化や、国際化を図る観点から、専門的、技術的分野の労働者については可能な限り受け入れることとし、我が国経済、社会等の状況の変化に応じて在留資格に関する審査基準を見直す。
一方、いわゆる単純労働者の受入れについては、雇用機会が不足している高年齢者等への圧迫、労働市場における新たな二重構造の発生、景気変動に伴う失業問題の発生、新たな社会的費用の負担等我が国経済社会に広範な影響が懸念されるとともに、送り出し国や外国人労働者本人にとっての影響も極めて大きいと予想されることから、国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分慎重に対応する。」としている。
(ii) 職業紹介体制等
職業安定法においては、職業紹介、職業指導等について国籍を理由とする差別的取扱いを受けないことが規定されている(同法第3条)ので、我が国で就労可能な外国人についても、日本人と同様に職業紹介等を行うこととしている。ただし、求人・求職の内容が法令に違反するときは、その申込みを受理しないこととしており(同法第16条、第17条)、入管法上不法就労に当たるような職業紹介は行っていない。
外国人労働者に対する職業紹介体制を強化するため、主要な公共職業安定所に1989年度から外国人労働者専門官を配置するとともに、1992年度から外国人雇用サービスコーナーを順次開設している。また、東京都に1993年度から外国人雇用サービスセンターを設置したところである。
事業主に対する取組みとしては、1993年度に策定された外国人労働者の雇用・労働条件に関する指針に基づき、外国人労働者の雇用管理の改善指導を進めている。
(iii) 警察による取締り
警察では、第3回報告記載の諸法令を適用して、ブローカー、暴力団関係者、悪質な事業主等を積極的に取り締まっている。また、関係行政機関との間で連絡会議を定期的に開催するなどして情報交換を行い、政府関係機関が密接に連携してその取締り等を行っている。他方、関係外国政府に対しても、情報を提供するなどして取締りを求めている。
なお、出入国管理及び難民認定法に関する補足説明は以下のとおり。
事業活動に関し外国人に不法就労活動をさせた者(第73条の2第1項第1号)、外国人に不法就労活動をさせるためにこれを自己の支配下に置いた者(同項第2号)、外国人に不法就労活動をさせる行為又は前号の行為に関しあっせんした者(同項第3号)は処罰される。
(iv) 我が国で単純労働に従事する意図を有する外国人
第3回報告で述べたとおり、我が国で単純労働に従事する意図を有する外国人については、原則として入国を認めていない。なお、既に入国し入管法に違反して不法に就労している者については、その人権に配慮しつつ、原則として国外に強制退去することとしている。
外国人不法就労者の問題については、国内の労働市場や賃金などの労働条件に影響を与えるなど、労働行政としても放置できない問題であり、政府としては、不法就労を防止するために、事業主に対する周知啓発、指導などを行っている。
しかし、不法就労者数は、依然として高い水準で推移しており、特にここ数年間は外国人女性の不法就労者が増加している。就労内容別では、建設作業員及び工員等の第二次産業の業種が徐々に低下し、他の産業に不法就労者が流れ込んでいるものと思われるとともに、その就労期間が以前は1年未満であったものが全体の半数以上を占めていたが、近年では1年を超えるものが全体の70%を超え、不法就労の拡散化及び長期化という新たな問題が顕在化しつつある。また、これら不法就労者の入国・就労に関して、暴力団関係者及びブローカーの存在が依然として認められている。
(v) 法務省の人権擁護機関が外国人の人権擁護のために講じている措置
法務省の人権擁護機関では、外国人の基本的人権を尊重し、外国人に対する差別をなくすため、積極的に啓発活動を展開している。啓発活動重点目標として、1988年度から1990年度にかけては「社会の国際化と人権」、1991年度から1993年度にかけては「国際化時代にふさわしい人権意識を育てよう」を定めたほか、毎年人権デーを最終日とする一週間(12月4日から12月10日まで)に実施している「人権週間」の強調事項の一つとして、1988年以来「国際化時代にふさわしい人権意識を育てよう」を掲げ、全国的にこの問題に関する啓発活動に取り組んでいる。
また、基本的人権の侵害が具体的に起こった場合には、人権相談及び人権侵犯事件の調査・処理を通じて在日外国人の人権の擁護を図るとともに、そのような事例の再発防止に努力している(人権相談及び人権侵犯事件の調査・処理の概要については、第Ⅰ部参照。)。
外国人に対する人権相談については、1988年にまず東京法務局に相談所を開設し、その後、大阪法務局、名古屋法務局、広島法務局、福岡法務局、高松法務局及び神戸地方法務局においても開設している。
(vi) 在留資格、外国人登録、家族の呼び寄せの手続きについて相談できる機関の概要
第3回報告で述べたとおり、1990年7月に東京入国管理局内に、外国人及びその在日関係者のために、外国語を解する専従の専門相談員が、土曜・日曜・祝祭日を除く毎日、面接又は電話による入国・在留に関する諸手続等にいての問い合わせに応じる「外国人在留総合インフォメーション・センター」を開設した。
同インフォメーション・センターは、現在東京入国管理局のほか、大阪入国管理局、名古屋入国管理局、福岡入国管理局及び東京入国管理局横浜支局にも開設している。
また、このようなインフォメーション・センターが開設されていない地方入国管理局・支局・出張所においても、相談窓口が設けられており、同様の案内を行っている。
(c) 社会保障
我が国の社会保障制度は、1981年に「難民の地位に関する条約」に加入したこともあり、我が国に適法に滞在する外国人については、基本的には内外人平等の原則に立って適用されることとしている。
(i) 公的医療保険、公的年金
 我が国において、一定の事業所で常用的雇用関係にある外国人については、我が国の国民同様、健康保険・厚生年金保険などの公的な職域医療保険・年金に加入することになる。また、それ以外の者であって我が国に住所を有すると認められる者については、国民健康保険・国民年金の適用対象となる。
(ii) 生活保護
生活保護は、生活に困窮する日本国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する制度である。但し、永住者等については予算措置として法を準用し、日本国民と同様の要件の下で同様の給付が行われている。

 

匿名希望
樺太残留韓国人問題について
戦時中、戦争協力のため樺太(現サハリン)へ強制的に連行され、炭鉱等で労働に従事させられていた多数の朝鮮人が戦後その故郷である南朝鮮や親兄弟のいる日本への帰還を熱望しながら、今日なお、その希望がかなえられずにいる事実は、我々日本人に重い自責の念を感じさせずにおかないものがある。
日本弁護士連合会は、樺太帰還韓国人会の申立をうけ、数次にわたる調査の結果を報告書にまとめ、これに基づき、日本政府・関係各国・各国赤十字社・国連等に対して、これら帰還希望者の帰還が1日も早く実現するよう、日本政府の努力と関係各国等の協力を要請することにした。
園田外務大臣は、1978年3月の衆議院内閣委員会において、「人道的、さらに法律的以上の道義的責任、政治責任があって、政府はあらゆる努力をして、こういう方々の御希望に沿うようにしなければならぬと考えております」と発言しているが、調査の結果によれば、戦争終結以後、日本の外務省・法務省・厚生省がこれら帰還希望者の帰還業務について実際にとった措置は、右の外相発言とは程遠い、極めて冷たいものであったことが指摘できる。また、その状況は今日においても変化をみせていないものといえる。
一例をあげれば、ソ連邦当局は、1962年の末頃から1976年の半ば頃までは、南朝鮮地方(現韓国)出身の帰還希望者の帰還申請に対し「日本政府が入国を許可すれば出国を許可する」との態度を示してきたのであるが、日本政府は、入国を拒否しつづけてきたのであり、1975年7月に帰還希望者から「樺太残留者帰還請求訴訟」が提起されるとの新聞報道がなされた翌8月に至って、漸く、外務省は、帰還希望者に対し入国申請を受理するための手続を開始したのである。しかし、不幸にも、日本政府が実際に入国許可の書類の発給を始めてから約3ヶ月後の1976年7月頃からソ連政府は出国許可を与えなくなった。もし、日本政府がこれら帰還希望者に対し、早い時期に入国許可の措置をとっていたならば、今日の未帰還者の悲劇は避けえたものと思われる。
わが国は、先年国際人権規約を批准し、更に本年は難民条約をも批准して、「人権後進国」との国際的批判に応える姿勢を示そうとしているが、日本弁護士連合会は、政府が、わが国の責任に起因する「難民」ともいうべき樺太残留の朝鮮民族の人々をその故郷に帰すことなくしては、1910年の日韓併合以来の日本民族による朝鮮民族に対する支配の歴史は終らないことに深く思いを致し、政府及び関係各省が帰還実現についてソ連邦等関係国の理解と協力をえるための適切な措置を直ちにとるよう強く要望するとともに、ソ連邦等関係国に対しては、この問題が、日本にとって、朝鮮民族のため原状回復をなすべき戦後処理の義務の履行を意味するものであることを理解し、また故郷に帰って愛する肉親のもとで生涯を終えることを望んでやまない帰還希望者たちの切なる願いに深い同情を寄せて、帰還実現への好意ある配慮をなされんことを心から希望する次第である。
1981年(昭和56年)10月7日
日本弁護士連合会
会長 宮田光秀

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